トルネコの大冒険を2622番目にクリアした男

本日の仙台は朝から土砂降りの大雨です。時折風が強く、とても出歩く気分に離れないので諦めて昨日の地震でめちゃくちゃになった趣味部屋の片付けをすることにしました。

 

 

一応仙台市太白区は震度5くらいになっていたのだけれども、うちはどうも仙台市の南の外れにあるからか結構物がぶっ散らかっていましたね。何気に台所では食器も結構割れました。原因は上から降ってきたジンギスカン鍋なんだけれども笑。近所に住んでいる地元のお友達のうちも趣味のガレージが阿鼻叫喚な感じになっていたから震度5ではないと思うな…

と、言うわけで本日は趣味部屋の片付けをひたすら行いました。意外と壊れていたものはなかったですね。エヴァ缶が少し凹んでいたくらいです。はい、終わり!ってのもなんか味気ないので、本日はそんなぶっ散らかった趣味部屋を片付けていたら見つけたものを紹介したいと思います。

 

 

これ。

まぁタイトルの通りなんですがスーパーファミコン用ソフトの「トルネコの大冒険」を早解きクリアしてエンディングの画面を写真に収めチュンソフト様(以下敬称略)に送ると先着3000名が名前入りで貰えた認定証なんです。

正式名称がトルネコの大冒険 不思議のダンジョンというこのゲームは、1993年9月19日にチュンソフトから発売されたゲームソフト。ジャンルは自動形成のインスタントダンジョンを探検するRPGで、「ローグライク」と言われるロールプレイングゲームはこのトルネコの大冒険が家庭用ではパイオニア的な存在なのです。

もう少し前にセガからドラゴンクリスタルとかセガゲーム図書館というオンラインの走りみたいなので「死の迷宮」なんてローグライクなゲームは出ていたり、他にもポツポツとローグライクゲームはリリースされていたのですが、いまいちヒットに恵まれなかったのはそもそものローグライクゲームというのが結構マニアックなシステムだったからなんですよね。

ローグライクのローグとはそのまま「ローグ」(Rogue)という名前で1980年に発売されたダンジョン探索型のゲームで、コンピュータロールプレイングゲームの黎明期であり、最初期のコンピュータRPGの内の1つ。当時でも今でも記号が動いているようにしか見えないゲームなのですがそこにはたくさんの夢が詰まっていたのだと思います。

それからそんなローグ「ライク」なゲームはパソコンではぼちぼち登場して、マニアな方には沢山遊ばれていたのですがいかんせん見た目はただの記号だしシステムが難解で家庭用ゲーム機ではいまいち流行らないゲーム性だったんですよ。その辺の細かい話はWikipediaで「ローグライクゲーム」と検索すれば出てくるので興味のある方はご覧下さい笑

 

で、そんなマニアックなローグライクなシステムをドラゴンクエストⅣのキャラクター商人の「トルネコ」を使いチュンソフトがものすごくやさしく噛み砕いて作ったのがトルネコの大冒険なのです。ちなみにトルネコの大冒険が発売された当時、Vジャンプにトルネコ51歳、奥さんのネネ21歳、ポポロ5歳と書かれていて当時の大人たちは度肝を抜いたみたいですな

しかしながら当時のわたしは13歳。夫婦の年の差はそんな変に思っていなかったのですが、大人になった今考えてみると…さらに余談ですがドラゴンクエストⅣ3章開始時、トルネコの職業は武器屋の日払いバイトなんですよね…

 

 

やっぱり

商人ってのは

口がうまいもん

ですよね笑

 

まぁ、どうせだったら近所のかずくんにもそのくらいの年齢差を目指してもらいたいところではある笑。で、大幅にそれた話を本筋に戻すと、そんなトルネコの大冒険はいくらとっつきやすく作ってあるといっても、当時のおよ少年からしたらローグライクなんてシステムは斬新すぎてついていけないわけです。そんなマニアックなシステムで一番驚いたのが、

 

死んだら無になること

 

でした。例えば今までのドラクエで言うと冒険の途中で全滅しても協会から所持金半分でリスタートするだけでしたし、ファイナルファンタジーも最後にセーブしたところから再スタートするだけで、鍛えたキャラのレベルが下るいわゆる「デスペナルティ」があったゲームもそりゃあったけど無になるのはトルネコが初めてでしたね…ダンジョン内でトルネコがやられると身ぐるみが剥がされ所持金は0、レベルも1からのやり直し…ももんじゃに蹴り飛ばされてダンジョンから叩き出されます笑

なかなかどうしてそこかしこに意地悪な罠が沢山あるゲームでして、当時はもう大苦戦ですよ。わらいぶくろと殴り合えばゴールドを盗まれるし、どろにんぎょうと殴り合えば不思議な踊りでレベルを下げられるし、ミステリードールと殴り合えばHPか力を吸われるという…で、数日かかってやっとクリアしたのですが、このゲーム大人になって冷静に遊んでみると「焦らなければ結構クリアできる」んですよね。

トルネコの大冒険に限らずローグライクゲームってとにかくじっくり探索していくのが攻略の鍵なんですよ。食料の概念があってあんまりウロウロしていると餓死するのがローグライクゲームですが、トルネコの大冒険には「ハラヘラズの指輪」という装備しているとご飯を食べなくても死ななくなる指輪があったので、そこに気づいた大人なら即クリアできたでしょうね。

ちなみに不思議なダンジョンより難しい「もっと不思議なダンジョン」ではハラヘラズの指輪は出てこないんですよね。腹が減ると難易度が上がるし、さらに不思議なダンジョンではアイテム名も使ってみたいとわからなくて大変やりごたえがありました。

 

で、この不思議なダンジョン。最終的に80万本も売れたこのゲーム…つまりライバルが80万人もいて、しかもわたしはクリアするのに結構時間がかかったのに2622番目に見事入賞ができました。それはなぜかと言うと、この早解きコンテストの応募方法にコツがあったのです。

スマホの写メもないこの時代にどうやってクリアしたのかを証明するのか…もう単純にゲームをクリアするとセーブデータに音符マークが付くのですが、それをカメラで写真に収め、写真をチュンソフトに応募用紙とともに送るってスタイルだったわけです。で、当時写真の現像って今みたいに最短1時間なんてことはまるでなくて、あーすぐやってもらえなかったんですよ。田舎なうちの近所だとたしか2日くらい写真を現像するのに当時は待たされた気がしますね。で、そこに目をつけたおよ少年は、

 

 

おふくろに

ポライロイドカメラを

職場から

借りてきてもらってた

 

訳です笑。ポラロイドカメラって現像のいらない今で言うチェキみたいなカメラで、当時おふくろはとある電器メーカーに勤めていて、今では考えられないくらい高額だったインスタントカメラを職場の人から借りてきてくれてたんですよ。ってことでゲームの早解きは数日かかっているからおそらくみんなより遅かっただろうけど、文明の利器の差で勝利をもぎ取ったのでした笑

でもこれ、たしかどっかの雑誌にポラロイドカメラは現像の手間がないぞ!みたいなことが書いてあってそれで借りてきてもらったはずだからわたしは悪くないですよね笑。おそらく早解きガチ勢は準備していただろうし。

 

と、いうわけでゲームのテクニックではなく現実の立ち回りで認定証をもぎ取ったって事でした笑。またまた余談ですが、昔少年ジャンプで連載されていて最近再アニメ化もされた「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」の原作者である原作者の三条 陸先生もトルネコの大冒険をプレイし、見事に早解きキャンペーンのクリア認定証を貰っていて、それが2742番だったと単行本20巻に載っていました。

先生がポラロイドカメラを使っていなかったら、わたしよりクリアが早いと思います笑。と、いうダイの大冒険を見かけると思い出してしまう、そんな話でしたとさ笑

 

それから、このトルネコの大冒険を起点としたローグライクなゲームは現在までたくさんリリースされていて、ポケモンまで不思議なダンジョンになっていたりします。とっつきにくいけど慣れるとすごく面白いし、最近のはチュートリアルで懇切丁寧に教えてくれるので皆さんも是非ローグライクゲームで遊んでみて下さい。スマホアプリでもありますので笑

 

 

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