手のひらメーデー
本日5月1日はメーデーである。メーデーは、世界各地で毎年5月1日に行われる労働者の祭典。ヨーロッパでは夏の訪れを祝う意味を持った日である一方、旧東側諸国(冷戦の間にソビエト連邦および中央ヨーロッパ・東ヨーロッパの衛星国を指して使われた言葉)などでは労働者が統一して権利要求と行進など活動を取り行う日としている国もある。
さすがに今年はこのような社会情勢であるので活動が行われないが、毎年5月1日になると至る所で労働者の権利主張や賃金の値上げ等を経営者側に要求するような意図を持つ集会が行われる。
世界では19世紀の終わり頃から、日本でも1920年から行われていて歴史ある活動なのだが、わたしは毎年この集会を直で見たり活動の様子がテレビで放送されると思い出す話がある。
まだ、わたしが20代後半の頃のお話。ちょっと名前を出すとまずいと思うので特定できなくするために敢えて「社長」と言う。この社長にわたしは同行していて、偶然メーデーの集会を一緒に見かけたのだ。
その時に、社長は唐突に「うちの親父は…」から話を始めた。うちの親父はとある大企業の組合長をやっていた、そうだ。
企業の組合設立は労働者側にも経営者側にもメリットが多い。経営者側の主なメリットは企業組合を設立することで、国や行政官庁・金融機関から支援や融資を受けやすくなる。労働者側は一丸となり労働条件の維持や改善を団体として経営者側と交渉できる点が主なメリットと言えるだろう。
中小企業等あまり規模の大きくない会社でちょっと問題が起こりそうだな、でもうち組合ないからな、という労働者はユニオン(合同労働組合・合同労組)に加入するのも手だが、今回は企業労働組合のお話なので割愛する。
企業組合が団体として交渉するので一番有名なのは春闘(しゅんとう)だろう。毎年2月頃になるとニュースを賑わす春闘は正式名称を春季生活闘争と言い、多くの企業にとって新年度となる4月に向けて、組合が労働条件について要求し、経営者側と交渉し決定することを指す。大手企業を中心に、組合が企業に要求を提出するのが2月、企業からの回答が3月頃であることから、春闘と呼ばれている。
春闘で交渉する内容して最も重点的なのは、月給やボーナスといった賃金・一時金である。近年では働き方改革のおかげでフルタイム以外の派遣やパートなどさまざまな形で働く労働者が増えているから、交渉内容も複雑化してきているがメインとなるのはやはりお金の問題である。
それで、社長の親父は組合長で、組合を代表して交渉を行う立場の人間、なのだが毎年春闘の時期になると家に電話がかかってきたという。直接、経営者側から親父宛の電話だったそうだ。
内容は主にベースアップの金額についてである。企業側がまず今年はこのくらい月収を上げられますという数字を提示してくる。例えばの話になるが、今年は5000円給与に上乗せできますよ、と経営者に言われたら社長の親父は解りましたと言って要求書に8000円のベースアップを望むように記入し組合として企業側に提出。
その組合側からの要求に対して企業側は「今年は2000円アップが限界」という回答を用意する。そして社長の親父は神輿を担ぐかの如く組合で「8000円アップを望んだのに2000円アップしかしない!抗議デモをする!」と組合員を捲し立ててベースアップのデモを起こす。デモの末、経営者と組合がばっちばちにやりあった(ようにみえる)結果、8000円まではいかなかったけど5000円の給与アップを勝ち取ったぞ!と、社長の親父、そして、
勝利を祝う組合員!!
って言うことを毎年やっていてたそうだ。それって、普通に月収5000円アップで組合の要求を経営者側に提出して5000円アップしましたーじゃだめなんですかね?と聞くと絶対にダメらしい。そんなに簡単に5000円上げられるならもっとベースアップを望めるだろう!ってなってしまうそうだ。
とどのつまり、金額がいくら上がったというのが重要なのではなく、要求して抗議して争った結果、勝ち取った!という行動が重要なのだという。社長は、自分は子供の時からそんな親父の背中を見てきたから人はどういう時に喜んだり動いたりするのかがわかったから、社長になれたんだろうな、なんて言っていた。
ことビジネスにおいてはプロセス(過程)より結果を重要とするのが当然だけど、人を使う時はそれが逆になることもある(結果より過程を重要視する)からおよくんも経営者をやるんだったらどうやったら人はやる気になるのかを考えるのだよ、なんて言われてこの話は終わった。
当時わたしはただのサラリーマンでふーんそんなもんかぁと思ってたけど、今思えば確かにそういうことなんだろうなぁと納得できるのは、以前に書いたこの話があるからだ。
この話は要約すると、マンションを建設するのに反対する近隣住人を納得させる方法を聞いたのだが、この話を聞いたのはわたしが保険業に転職した30代前半のことで、20代後半の頃に聞いた社長の春闘話とやり方がとても似ているのである。とてもというか、ベクトルが違うだけで勝ち取った(ように見せる)やり方は同じだ。
わたしはこういう深層心理の類は疎いけれど、ヒトというのは心の根っこ部分に勝利を祝う機能がみんな備わっているのだろう。そういうわたしだってやっぱり勝ったりうまくいったり成功したりしたらそりゃ嬉しいですから。
とりあえず、昔の話ですし内容が内容なのでこのお話はフィクションという事にしていただければいいなと思いますが、この方法はいつの時代も通用しますよね。自宅待機でフラストレーションが溜まっている人を納得させる時もうまく使えそうだなぁ…そんな、この時期になると思い出す交渉術のお話でした。
出来レースかよ!と思う方もいるかも知れないけど、別にそれでみんなのやる気が出たりまとまったりする「演出」なら悪いことじゃないですよね。わたしなら普通にこんな熱い舵取りをされたら普通に乗っかるでしょうし笑