植物探して3000里

わたしの昔の上席であるたけさんの会社では室内園芸装飾士という珍しいお仕事を取り扱っていた。このお仕事は文字通り室内を園芸装飾するお仕事である。英語で言うとグリーンディスプレイと呼ばれ、ホテルのロビーやショップのウインドウなんかを植物で装飾したり、その営業をお店や法人に行う仕事だった。

室内の緑なら何でも扱っていたし、時には緑が関わっていない装飾も行っていたんですが、本日はそんな室内園芸で記憶に残っている思い出話をひとつします。

 

 

今にも雪が降り出しそうな寒い日。当時、まだ新人だったわたしが、「新規お問い合わせ」の応対をしたのは他の人が手一杯で、さらに取り急ぎの案件らしく、その時丁度手が空いていたので対応することになった。今すぐ打ち合わせに来て!とのことだったので言われるがままにその場所へ向かう。

 

指定された場所に行くと、おばちゃんと言うよりは初老の貴婦人が。どうもはじめましておよですと言いながら名刺を交換する。貴婦人はスタイリスト(と、言ってもどちらかといえばコーディネーターな気がする)の肩書き入りだった。余談だけど、スタイリストさんって、20代から50代くらいの年の人が多い気がします…実際わたしは今の今までこの貴婦人以上にお年を召していそうなスタイリストさんには出会っていない。

 

それで、本日はいかがなされましたかと話を切り出すと、今度その貴婦人がプレゼンするモデルルームに貴社の協力を頂きたい。要はディスプレイの一角に緑を使いたい、そんな話だった。とりあえず、弊社ではこういう商品を取り扱っておりますとパンフレットを広げながら、仕様書やプランを教えて頂ければそれに合わせますのでと説明。一通り商談が終わったので席を立とうとすると、貴婦人が最後に一つだけ聞いても良いかという。ええどうぞ、とわたし。

 

生の植物は使えますか?

 

品物や期間にもよりますが、手配できると思います。そう答えると、解りましたと貴婦人が笑顔でお辞儀をしてきた。よろしくお願いしますとその場を去る。とても感じの良い人だなと思った。

 

…後日、FAXで送られてきた仕様書には、思いもよらぬ生の植物の名前が書かれていた。

 

 

 

「アグラオネマ」

webで検索すれば写真があるのですが当然勝手に転用してはいけないので絵に書いてみました。ちょっとマニアックな話になりますが、アグラオネマはサトイモ科の植物で、使い勝手が良いから至る所でよく見かける「ポトス」の兄弟みたいな植物。柔らかく、長い薄緑の葉っぱ。そして濃い緑の変な模様が特徴の植物である。似たようなデフェンバキアという植物なら、結構昔に放送されていたの「HEY!HEY!HEY!」でしょこたんの隣にでかでかと映っていたから多分それなりに流通しているし知られてると思うのだが…割と日本ではマイナーなアグラオネマを指定されるとは思っていなかった。

 

とは言えこのアグラオネマが大活躍する映画があったりする。

 

その映画はジャン・レノを一躍有名にした大ヒット映画「レオン」。この映画の中でレオンが大切に育てていた植物があるのですが、それがこのアグラオネマなのです。紆余曲折の末、レオンと行動を共にしていたヒロインのマチルダって女の子が最後孤児院に預けられるんですが、その孤児院の花壇にこのアグラオネマは植えて…エンドロールみたいな感じでした。この映画の監督が好きなのか、とにかく作中にやたらアグラオネマが登場するのです。

 

ところがこのアグラオネマ、原産が東南アジア熱帯雨林性気候…つまりとても暑い国の植物。最低でも10℃は気温がないと凍傷を起こして枯れてしまう。

 

レオンでは、最後にこの大事に育てられたアグラオネマは花壇へと植えられている。この映画の舞台はニューヨーク。ニューヨークは冬場、簡単に氷点下になり雪が降る気候。つまりこのアグラオネマは…すぐ凍傷にかかって枯れただろうなぁ…

 

映画レオンはわたしが中学生の時にヒットした映画で、当時は当然そんな植物の耐寒性なんて知らなかったから気にならなかったのですが、アグラオネマが寒さに耐えられないのを知ってからレオンを見ると…なんがこういうのってずっと引っかかるんですよね。折角いい映画なのに…他に適役な、耐寒性のある植物は無かったのかなぁなんて大人になってから観た時に思ってしまいました。まぁ、わざとアグラオネマが枯れるの前提での演出なのかもしれないけども。

 

こういう小さい矛盾というか変な所って映画を観てるとたまに見かけますよね。有名所だと「ターミネーター2」で物語の前半ジョンって少年がオフロードバイクに乗って走るシーンがあるんだけど、どう見ても4ストロークのバイクなのに排気音が2ストロークに換えられていて違和感バリバリだったなぁ。4ストロークの排気音と2ストロークの排気音では杉田智和さんと悠木碧さんのボイスくらい違いがありますね。そのくらい全然別物です。

 

話を戻り、わたしは仕様書を見ながらうーんと頭を悩ませる。アグラオネマは耐寒性がない植物なので雪が降りそうなこの時期に手に入れることはかなり難しい。マニアックな植物なので在庫を確認しなくとも自分の会社に今アグラオネマがないのは解ったし、花卉(かき)市場でも冬場は取り扱いがないだろうし、当時八丈島の観葉植物生産者さんから買い付けを行う業者さんが知り合いにいたけど、寒ければ仙台に持ってくるのを嫌がるだろうし…観葉植物を運ぶトラックってヒーターが付いてはいるけど、アグラオネマはそのトラックからの出し入れ中、ちょっとでも冷風に当たると凍傷になる。そのくらい寒さに弱い。

 

さらに頭を悩ませたのは、アグラオネマは日本ではマイナーな植物だけど、海外ではよく大富豪が好んで飾る植物なのです。と、いうのもこのアグラオネマ、「富を引き寄せる植物」や「幸せを呼ぶ植物」なんて言われ大変縁起のいい植物とされています。日本でもカゲツ…通称「金の成る木」なんて植物が一昔前に流行ったけど、それと同じような感じですね。

 

つまり、わたしは数ある植物の中で敢えてアグラオネマをセレクトしてきたスタイリスト貴婦人は、恐らく何かしらの意図があっての事だろうと思ったんです。スタイリストさんって拘る所はとことん拘りますからね…電話して今時期は手に入れるの難しいですなんて言ったらそれは困ります!ぷんぷん!とか言われてもおかしくない…

 

アグラオネマが本当に必要と言われたら虱潰しにホームセンターや花屋さんを探し回って在庫品を見つけ出すしか無いなぁ…でも、この時期にアグラオネマはどこにも置いてないからかなーり探すことになるだろうなぁ…と覚悟を決めてスタイリスト貴婦人に電話をする。

 

「仕様書ありがとうございました。仕入れ先に確認した所、アグラオネマは寒さに弱いので今時期の仕入れの取り扱いがありません。なので、ご所望であれば在庫のあるお店を探さなければなりません」と言った。

 

うーん…スタイリスト貴婦人に食い下がられるかなぁなんて思っていたら、

 

 

 

 

 

「あ、じゃあなんでもいいです。似たようなので、はい。webで適当に検索しただけですから。」

 

 

 

 

 

 

なんか残念。

 

 

すごく残念。

 

 

「私のデコレーションにはアグラオネマが必須なのっ!」とかスタイリスト貴婦人に言われると思っていたので残念。もし、そう言われたらわたしはアグラオネマを探す3000里の旅に出ていたのに残念…ちなみに3000里は約11782キロなので当然心意気だけである笑

 

で、後日。いわれた通りなんか適当な似たような植物を持って行ったらこっちのがいいね、なんて言われスタイリスト貴婦人に満足していただきました。そりゃお客さまのイメージに近いものを選んでお持ちするのも立派なお仕事ですからね。このスタイリスト貴婦人には気に入っていただきわたしが退社するまでちょくちょくお仕事をいただけましたとさ。

 

そんなマニアックなアグラオネマなんですが、小さい鉢植が某100円ショップの植物コーナーで売っているのを見かけたことがあるので欲しい人は100円ショップを巡るといいかも知れません。レオンのアグラオネマ話は、この映画は結構知られているので茶飲み話にぴったりです笑。

と、言うわけで植物はベンジャミンバロックが好きなおよがお送りしました。ベンジャミンバロックは通称「くるくるベンジャミン」と言って葉っぱがくるっとひん曲がっているひねくれ者みたいな植物です。こちらも話のネタになる植物なのでおすすめですよ笑

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