葬式クエスト じいさんの場合

いつぞやの2月の出来事だった。まだわたしがすごい山奥(通称天空)に住んでいた頃の話。

 

仕事から帰宅し、焼酎を軽く飲んで就寝。して間もなく携帯が鳴った。いつもはマナーモードにしてわたしは寝る前には電話に出ない主義なのだが、この日はたまたま設定ミスで着メロ(山佐の名パチスロ機トリガーゾーンのチャレンジビッグ音。最早誰も知らないけど名曲なので気になる方はYouTubeで)が夜中に思いっきり鳴り響いた。渋々画面を見ると着信相手は親父だった。何事かと思いながら電話に出る。親父は開口一番、

 

「じいさんが危ないから。」

 

そうかぁ、いよいよかぁなんて考え、急いで服を着替える。こういう時、眠気って何故簡単にどこかにいくのだろうか…酒が入ってるのでタクシーを呼び、結構お金かかるなぁ…まぁ致し方ないと、じいさんのいる病院へ。

 

うちのじいさんは、難病指定されてる病魔に犯され、長い事入退院を繰り返して最近はすっかり動かない、所謂る寝たきり生活だった。筋肉が硬直し、最後は全く動けなくなる病気…そんな体だったので健康な人には何でもない細菌に最近体が蝕まれているとつい先日聞いたばかりだったので、そろそろ危ないのかなぁなんて考えていた矢先の出来事であった。

 

病院に着き、病室へと急ぐ。病室の入り口にいた親父とお袋に軽く、よう、久しぶりと挨拶をしてじいさんの元へ。元気な頃はわりと割腹のいい体格だったけど、今じゃすっかり骨皮でしっかりとはずれないように酸素吸入機を付けたじいさんと対面。目が…開きっぱなしだ。この一昨日もじいさんのお見舞いにきていたのだが、さらに骨皮具合が増し、皮膚も二日前より土気色に。

 

一端病室を出て親父と話す。どうも看護師さんの話だと血圧も血中酸素濃度も下がる所まで下がっているからお昼までは持たないかも…と言う事らしい。お前酒臭いし何かあったら呼ぶから待合い所で休んでな、なんて親父から珍しく気遣いを受ける。お言葉に甘えて少し休ませてもらう事に。

 

気がつくと朝日が登っていた。携帯で時間を確認すると七時過ぎ。とぼとぼと待合い所から病室に向かってみる。

病室には着いた時にはいなかった妹や親戚やら従兄弟やらが沢山。今さっき着いたんだ~なんて言われた。軽く挨拶をし、病室を出て当時勤めていた会社のボス、たけさんに電話。普段は電波なたけさんだけどその日ばっかりは、

 

「そうかぁ、まぁ看取ってやれよ~」なんて優しい言葉。もうたけさんと付き合いはこの時で10年くらいあったけど、そんな優しい言葉は初めて聞いたわ。

 

じいさんの病室に戻る。さっきまでイモ洗いみたいになっていた親戚の姿はない。代わりにばあさんが病室にいた。

 

近所では破天荒で有名なばあさんもこの時ばっかりは黙って椅子に座り、じっとじいさんを見つめていた。遠目でそんな様子を伺いながら目線をふと病室から見える窓に向けると…

 

雪。雪がパラパラとちらついていた。

 

「じいさん、雪だ。どおりで今日は寒い訳だなぁ」

 

なんて無意識の内にじいさんに語りかけていた。今考えてもなんでこんな3流ドラマみたいな歯が浮く様な事を喋ったのか解らない。本当に自然に、こんな台詞が出た。不思議である。

 

そんなやりとりをじいさんとしているとまた親戚ががやがやと集まりだした。親父とお袋もいる。どうやら朝ご飯を食べてきたらしい。わたしの分はないんですか…てかよくこの状況で食べれるなぁ。

 

…じいさんの呼吸はもう、虫の息だった。相変わらず目も開きっぱなしでうっすら膜が張っている様にも見える。目が乾燥するから~なんて指で閉じようとするが、またすぐ開いてしまう。

 

…なんか点滴の落ちも悪いなぁ~なんて思っていたその時、

 

点滴がポタポタと落ちるのをやめた。

 

さっきまで小さく脈打っていた首元をのぞき込み、すっと触ってみる。

 

脈は、止まっている。

 

ナースコールを押す。看護師と医者が同時に来る。

 

ドラマなんかでよく見る光景。医者が聴診器をじいさんの骨皮な体に当て、ペンライトで瞳孔を確認。聴診器を外し、ペンライトをしまう。腕時計もチェック。

 

一呼吸置いて、またまたドラマでは、お決まりのお言葉。

 

「お気の毒ですが…」

 

その言葉を皮切りに一斉にすすり泣きするわたしの身内達。わたし自身はもう踏ん切りをつけていたので涙は出なかった。じいさん闘病生活長かったしなぁ。寧ろ本当に今行われた一連の流れが死を看取る時の、お決まりのパターンなんだなぁと考えていた。

 

みんなに看取られながら、じいさんは逝った。もう苦しくないからな、なんて台詞がまたまた自然と出た。

 

暫くして、身内達が落ち着きを取り戻す。それを待っていたのかの様に親父がわたしに向かってきた。

 

まっすぐわたしの目を見つめながら、親父は一言。

 

 

親父「よしっ!後はお前にまかせた!」

 

わたし「えええええぇぇぇっ!」

 

もうね、うちの親父は昔っからこうなの、面倒事はやればできる子なのに、わたしに振ってくるの。

 

これはある家族が故人を最早宴会葬、そして息子に全部葬儀を押しつけた喪主のドキュメントであり、その役立たずな息子の記録である。悲しい話ではまずないです。こんな事を書くことで故人の賜れになればと思う。先に書いておくと、じいさんは生前宴会とか賑やかなのが好きな人だったので、決して故人を冒涜したのでは無いという事です。よく酔っ払ってタコみたいに顔を真赤にしてましたし。

 

…さてさて、親父がもう投げ出したのでとりあえず何とかしなきゃ行けなくなったのではあるが、いきなり初っぱなから困った。うちの親戚はなかなかの長生きでわたしの両親を含め誰も葬儀に携わった事がこの時は無かった。無責任な親父はじいさんが逝った直後にわたしに丸投げしお昼ご飯どうするかなぁとか喋っていやがる…幸いじいさんは死亡診断書を書く為に腹を開いて直接的な死因を調べるらしい。その間、およそ三時間。この間にまずは最初のステップ、今後どうするかをまとめなければならない。

とりあえず、たけさんに相談して、たけさんの馴染みのある葬儀屋に電話してみる事に。たけさんはその人懐っこい性格からかとっても顔が広く、普段はおかしな人だったがこう言う時は的確にアドバイスをしてくれる人。ここに電話しろ、と教えられた番号に電話をしてみる。

 

プ…ガシャッ「はい、葬儀屋です。」

 

ワンコールを待たずに暗いトーンの女性が出た。まぁ逆に葬式屋さんがメイド喫茶のおかえりなさいませご主人様的ノリな電話応答だったら引くしなぁ。しかし応答が早い…

 

まずは事の詳細を説明。じいさんがさっき逝ったから葬儀をお願いしたい、と。すると、

 

「分かりました…係りの者がお伺いいたしますので…多少お時間は頂きますが…」と返答がある。

 

時間がかかるのか…あまり時間が無いような気がするんだけど。どれくらいかかるんですか?と聞いてみた。

 

「大体、30分です。」

 

早いっ、早いよそれは葬儀屋さん!だって病院から電話した葬儀屋は20kmくらい離れてるよ!

 

分かりました。お待ちしてます。と言うと…以下わたしと葬儀屋の会話。

 

「係りの者が着く前に確認していただきたい事があります。」

 

あ、はい、なんでしょうか?

 

「およ家様はお墓はありますか?」

 

あ、一応あるみたいですけど。

 

「それでしたら、そのお墓のあるお寺のご住職様に連絡を取ってください。」

 

えっ…?

 

「葬儀は、ご住職様の予定次第で日程がかわります。係りの者が到着する前にまずはご住職の予定をご確認下さい。」

 

…あ、はい分かりました。

 

と、電話を切った。

 

さて

 

どこのお寺かわからねえし、墓があるとしか知らねえ!

 

またまた路頭に迷う…まぁばあさんに聞いてみるか。

 

じいさんが逝った後、身内は全員待合い所みたいな場所でうだうだしていた。これからどうするかなぁ昼飯どうするかなぁ、なんて話ながら。ほんとに飯の心配ばっかりしやがる…そんな一同の様子を見ながら、ばあさんもぼけっと座っていた。

 

早速、聞いてみる。うちの墓のある寺の名前知ってる?

 

「○○寺」

 

おっ、知ってるのか!電話番号は?

 

「しらねえ」

 

そうですか、まぁ期待はしてなかったが…取りあえずわたしは携帯を取り出し、寺の名前で検索しようとすると、ばあさんがこう一言。

 

つーか、うち墓の土地はあるけど墓はまだ無いぞ。

 

まぁ、墓立てる前にまずはじいさんの葬儀をしなくてはいけないからな。気を取り直して検索する。

 

…どうもそのお寺の名前はその世界ではメジャーなネーミングらしく、グーグル先生でのヒット数が、およそ40万。

 

さてどうやって絞り込むかな?なんて考えていると、親戚の仕切りおんちゃんが到着。何か身内で困った事があると助けてくれる物知りだ。あっ、どうもどうも~と挨拶をする。

 

早速、現状を仕切りおんちゃんに説明。すると、

 

うちも同じ坊さんの所だから連絡するよ。と、早速携帯を取り出しどこかへ。

 

いやぁこういう時って仕切りおんちゃんは助かるよなぁ。それに比べうちの親父は…今朝の残りのサンドウィッチなんかをパクついていやがる…食欲の王様かいな。

 

そんな親父を眺めていたら、仕切りおんちゃんが待合所に戻る。どうでした?と聞くわたし。

 

「坊さん今日は所用で夜まで連絡取れないって。」

 

…夜まで連絡が取れなくてもいいのかなぁ。とりあえず坊さんの件は仕切りおんちゃんに任せた。

 

そうこうしている内に、葬儀屋が病院に到着。黒ネクタイに数珠の装備は病院では目立つな…

 

あ、およさんですか?なんてファーストコンタクト。

 

…いかにも葬儀屋さんだなぁという顔立ち。まぁ平井堅みたいな派手な顔だちだったら葬儀屋は向かないな。うん。

 

待合い所で親戚達とわたしと葬儀屋で打ち合わせ。ちょっと異様な空間である。病院に入院している人の視線が心なしか痛い。仕方ないが。

 

あまり病院でする話はないのですが…と、葬儀屋は切り出すと、最初の選択をおよ一族に迫る。

 

検査が終わったら、ご遺体を移動、安置する場所を、自宅か会館(葬儀会場)かどちらにするか?…と。

かいか…まで口に出かけたばあさんを一族で押さえつけ、自宅にしますとわたしが答えた。すると、これからの大まかな流れを説明してくれた。じいさんずっと自宅に帰りたがってたしね。

 

じいさんを自宅に搬送

簡易な仏前を設置

坊さんが枕経(まくらぎょう)なんてお経を読む

各プランの設定

立派な仏前を設置

会館に移動、お通夜

火葬場に移動、火葬

骨を持って会館に移動、告別式

法要

後日、初七日で立派な仏前を自宅から引き上げ

 

みたいな流れだった。葬儀のプランなんかは自宅に戻ってからゆっくり話しましょう。との事。ではまずじいさんの検査が終わったらまた合いましょう。と約束をし、一端葬儀屋はその場を離れていった。

 

数時間後…検査が終わったとの知らせ。看護師に導かれ霊安室へ。

 

霊安室って大抵の病院は地下にあり、窓もないスペースだよなぁなんて思いながらじいさんの元へ。霊安室の入り口には、大量の血の付いた拭き物の入ったビニール袋が放置されていた。これじいさんのだよなぁ…隠してほしかったわ。

 

なんて思いながら中に入る。先ほど会った葬儀屋がスタッフを連れて並んで立っていた。病院から連絡を受けて、すかさずじいさんを整えてくれたらしい。どうも、なんて軽く会釈をしつつ、じいさんの確認。

 

綺麗に拭かれたじいさんの遺体。言葉は出ない。身内達も同じ。ただ黙ってじいさんを見つめていた。

 

葬儀屋が口を開く。

 

これからご自宅に搬送いたします。どなたか故人にご同行を…

 

親父が口を開く。

 

んじゃおよで

 

そうすか、わたしですか。なんとなくそう来るとは思ってたけど。

 

死亡診断書を持ち、じいさんと共に遺体搬送車に乗り込む。この死亡診断書がないと遺体を車で移動してはいけないらしい。ご自宅まで走ります。と言われ、車は走り出した。

 

ゆっくりと車はじいさんの家に向けて走り出した。三年くらい入院してたから久々だよな家は、じいさん。なんて遺体に向かってまたも自然と口に出していた。少なからずわたしもじいさんの死に思うところがあったのだろう。

 

霊柩車や遺体搬送車って、普段は葬儀屋に勤めていないかぎり滅多に乗る機会の無い車である。で、出発。

 

丁寧…運転がすごく丁寧っ!

 

例えるなら助手席に鬼教官が乗っている教習車の様な運転。必ず法廷速度、急発進急停車は御法度!安全なのは良いことだ。じいさん、高級車だぜ、日産ばっかり乗り継いでいたからこんな高い車乗ったことないだろう、日産も安くはないけどさーなんて遺体とやっぱり会話するわたし。運転手さんに気に触れた人と思われたであろう。

 

亀のような運転で自宅に到着。すかさず簡易な御霊前が作られ、じいさんは寝かされた。

 

その後、葬儀屋とまた打ち合わせ。細かい話を詰める。会場の大きさ。祭壇の花。棺桶のグレード。引き出物の種類。どんどんざっくりと決めていく。

 

そしてあっと言う間に夜。じいさんが死んだのは朝だったのに…時の流れがとても速く感じた。そしてお坊さんが現れる。どうやら連絡がついたらしく、仕切りおんちゃんが車で連れてきた。

 

早速枕経をじいさんの前で始めた。これが最初のお経である。

 

日本人は自分の入っている宗教に疎い。わたしも例に漏れず、およ家が浄土宗と言うのを初めて知った。座ってお経を聴き入る。マキシマムザホルモンで鍛えた耳を生かしてなんとか耳コピしようと…無理だ、普通のラップより聞き取れない…

 

枕経が終わり、お坊さんと二階で打ち合わせ。わたし、親父、お袋のゲームボーイの名作RPGザードの伝説的三人パーティで挑む。ドラクエ5より前に親子で戦うを実現したゲームだ。まずはお坊さんにこう聞かれた。

 

生前、おじいさんはどんな人でしたか?

 

あの人ってどんな人なの?今回の場合でなくとも聞かれたりするこの言葉。だけど人を説明するのって難しい。捕らえ方は人それぞれだし、本人だって仕事の付き合いの人と友達と孫とじゃ対応が違うに決まっている。

 

う~ん、と悩んでいると親父が一言。

 

「公務員です。」

 

それって説明になってるようでなっていない気が…抽象的すぎるだろう…

 

だが、お坊さんは「なるほど…」と納得した様子。この質問は人柄を戒名に生かしたいから聞いたとの事。なるほどって…それで解るのかといささか疑問が残ったがまぁいい。ほどなく、お坊さんが口を開く。

 

お布施の件ですが…こちらからお話してもよろしいですか?

 

おおおう誰もが知りたいお金の話!!こんなの葬式の関わったことのない我々には相場なんか解らないのでとりあえずおいくら万円か聞いてみる。

 

コミコミで、○○万でお願いします。

 

高いのか?

 

安いのか?

 

のちのち仕切りおんちゃんに聞いたらお坊さんの中では格安の料金らしいが、この時はその額がよく解らないのでとりあえずハイとだけ答えた我々。

 

お坊さんが帰り、あまり血的に近くない親戚からぽつりぽつりと帰路につく。じいさん宅に残ったじいさん近い人々と葬儀屋さん。

 

葬儀屋さんも、では帰ります、また明日と消えた。

 

さて、

 

寿司だぁぁぁ!

 

と誰かが叫んだのを皮切りに一気に宴会に突入!っいいのかこういうときに寿司を食べて!

 

まぁ何か罰が当たったら嫌なので事前に葬儀屋さんに今夜のごはんはどうすれば?と聞いておいた。そうしたら意外にもこんな答え。

 

「今の人はほとんど気にしてませんよ、ただ、足の付いているモノはよろしくないかと…(鳥は例外らしい)」

 

よし、安心して寿司だな。と誰かが出前を頼み、そこからどこから出てきたのか解らないけど、酒が振る舞われ、飲めや歌えやの大騒動…すごく…近所迷惑です…

 

みんな悲しくない訳はない。ただじいさんが生前身内のバカ騒ぎが好きだったのを多分みんな覚えていたのであろう。悲しみと高揚した気持ちのコラボレーション、異常なテンションで飲み会が始まった…

 

 

酔った。飲み過ぎた。酔いまくった全員。どれくらいかと言うと途中つまみが足んねえなんて宅配ピザを注文して、届けにきた少年にじいさんを対面させて線香をあげさせたり…すごいなうちの親族…いいのかなぁ。

 

あっと言う間に深夜。12時くらいか。わたしを除きみんな自宅に帰ったり、寝ていたり。

 

人がいないので、線香番を強制的にやることに。じいさんの前に座りじっとみながら一人焼酎をちびちびやっていると、なんだか感慨深くなってきてみたりした。

 

と、いうかこういう場合、普通は亡き故人を遺族がああいうことあったねーとか語らう時間な気がするがうちの親族は皆自分勝手に飲みまくり、親父はさっさと腹を出しながら就寝し、あげくじいさんにソフトバンクの犬のコスプレをしようっ!なんて親父の姉が言い出しさっぱり訳の解らん方向に話が進み出したので、飲み会は強制お開きにしたという…まぁいいやそんなのは。そんなわけで一人で回想。

 

わたしが小さい時はじいさんと一緒に暮らしていた。やがて拡大家族が核家族に代わり今じゃ天空に住んでるなぁなんて思った。小さい時の思い出が頭をよぎり思わず泣きそうに…だが泣かぬ。チビッコなわたしに何か気に入らなかったのかガラスの灰皿投げつけたし。なんて訳の分からぬ葛藤を頭の中で起こしながら、このお祭り一族でもしっかり葬式あげてやるからな、じいさんと心に決め睡魔には勝てずわたしは力尽きた。線香はみょーに長いのを葬儀屋さんが置いていったのを使ってるので多分誰か起きるまで持つはず。こういう時の特別な線香って平気で四時間とかもつのね。

 

しかし、葬式は泣く暇はないというのは本当だと痛感した。今度から誰かが危ないって思ったら事前に段取りを組んでおこうと心に誓ったわたしだった。

 

 

目が覚める。

 

なんて事ないいつもの朝だよ~なんて告げるかのように、ベガルタ仙台のニュースがよく取り上げられるので、毎朝うちの家族が見ているローカルニュース番組が流れていた。

 

寝ぼけた頭で状況を整理。あ、線香…

 

無事だった。うん、良かった。さすがスペシャルな線香だわ。

 

さて、死んでから告別式まで四日で行うのは、その「4」という数字からお坊さんに嫌われたりするらしい。が、うちは四日で行うスケジュールで予定を組んだ。すべては親父が言い出したからだった。何でも休日を絡めたいとか何とか。まぁみんな仕事もあるし仕方ないかとその予定で段取りを組む。

 

1日目逝った日、3日目お通夜、4日目お葬式なので、2日目は中休み?な日になった。が…

 

じいさんが逝ったのを察してぞくぞく訪れる近所の方々。朝からいらっしゃった葬儀屋さんによって立派に作り直される御霊前。昨日頼んだ棺桶が今日届き、じいさんは身なりを綺麗にされ棺桶へ。仕事がはやいなぁ。

 

昼食に頼んだ出前のラーメンなんかをすすりながら、告別式後に行われる法要の席が話題になった。まぁあれだ、親戚の食事会みたいなもんだ。

 

まぁ近い身内、親族なんかは来るとして…

 

わたしがすごく気になっていたのはじいさんが生前付き合っていた血縁者以外の名前が全法要リストの中にない事。

 

子供の時をたどっても、酒を飲んでいる時はともかく、普段じいさんはあまり人と接するのは好きではなかったけども…わたしの知っているじいさんは病気からか愛想のあの字も無かった人である。しかし少なからず交友はあるだろうなんて思っていた。そう言えば昔々うちにじいさんの釣友が遊びに来ていたしな…

 

あ、思い出せないなら写真を見てみればいいのか。丁度告別式に使いたいから写真をピックアップしてくれなんて葬儀屋に言われてたから。

 

そんなこんなで押入の奥にあった古ぼけたアルバムの数々。早速チェック。

 

残念ながらじいさんが赤ちゃんの時の写真なんかは見つからなかった。と、言うかじいさんは昭和一桁生まれ実は甲子園近所育ち、戦争の疎開で仙台に着た人だったからそういう子供の頃の写真がここには無いのは解っていた事。

 

しかし、若かりし…今のわたしと同い年くらいの写真を見ると、石原裕次郎よろしく港の、あの船をつなぐための出っ張りみたいな部分に足をあげてポーズ、決めっ!みたいな格好つけた写真ばかり。なんでも昔の人は写真を撮るとき必ずポーズを決めた~なんてソースもない話を頂きました。情報提供はばあさん。

 

段々今に近づく写真。ついにまだ乳飲み子なわたしとじいさんのツーショット。

 

感慨深いなぁ…やはり写真を見ると思い出す事は多い。

 

わたしが初めてプレイしたゲームは覚えている限り、ナムコのポールポジション。今でいう頭文字Dみたいなドライブゲームで当然小さいわたしは足が届かない。なのでじいさんの上に乗りハンドル操作、アクセルはじいさんが踏んでいたとか。当時のうち近所のスーパー、あおぞら市場での一コマなのだがその話は長くなるのでまた今度記事にします…

 

初めてうちにファミコンがきた日、思いの外じいさんが元祖スーパーマリオブラザーズにハマり、じいさん以外誰もファミコンプレイできないよう、なんて言っていたらあっと言う間に8-4をクリアしてエンディングを見せつけられたりとか…ちなみに、昭和64年1月8日、テレビが喪に服して同じような番組が繰り返されていた時、うちで誰よりも早くスーパーマリオブラザーズをやり出したのはじいさんだった。

 

ドラクエⅢの発売日、偶然おもちゃ屋にじいさんと行ったらたまたま一個だけ売ってて偶然買ったとか…

 

 

 

あぁぁぁゲームの思い出ばかり出てきて自己嫌悪!ゲームより釣りとかもっと行けば良かったよ…まぁ、その釣りの思い出も以前書いた通り結構あるしわたしが小さい時それなりに行っていたのだが、じいさんがフグを釣った時おもむろにフグを踏みつけてこうするとフグは膨らむんだ、なんて言っててなんてファンキーなじじいなんだって思った事がまっさきに思い浮かぶ…

 

そんな事をやっていたらまた夜に。そしてまたまた宴会…薄れゆく意識の中、明日は通夜かぁなんて考えたり…この日の記憶はそこで途絶えた。

 

何て言うか、葬儀となるとここぞとばかりに酒を飲む人っている。うちの親戚もそう。おかげで常に酒が抜けないまま事を済ませた気がしなくもない。もちろんお酒を勧められて断らないわたしが悪いのだが。

 

お通夜の日、前日と同じく炬燵からむくりと起きあがると、目の前に見覚えがあるような無いようなおっさんがいた。親戚じゃないなぁ。

 

…あ!じいさんの釣友だ。こんにちは、なんて寝ぼけた頭で言う。しかし誰が連絡したの?なんて聞くと

 

おまえだろ、と親戚に口を揃えて言われた。

 

 

 

 

なんでも昨日、泥酔したわたしとばあさんとでイザコザがあったらしい。

 

ばあさんはじいさんの友達にはおろか、めんどくさいから兄弟にさえ連絡をする気はない。と言い切ったらしい。で、何故かわたしは「だめだそんなんじゃ!」と言ってばあさん宅の連絡帳(知り合いの電話番号が書いてあるやつ)と電話機を持ち出し片っ端から、

 

「およと申します。夜分遅く申し訳ありません。昨日、私の祖父じいさんが闘病の末旅立ちまして…生前親しかった人には伝えてくれとの事でしたので、ご連絡だけさせて頂きました。」とか言っていたらしい。

 

…果たして本当にわたしがそんな立派な事が言えたのか疑問が残るが、極めてわたしは真顔で電話していたから親戚は酔ってないんだなと思っていたみたい。記憶にない。本当に記憶がない…

 

まぁ失礼のない電話が無意識でできたらしく、現にじいさんの釣友が目の前にいるから、結果オーライだな。しかし泥酔というか連続飲酒は危険だなぁ。うん。

 

釣友は、どうもな~とわたしに一言残し、お通夜にも参加するからと帰っていった。

 

その後あっと言う間に、お通夜の時間が迫る。葬儀屋さんがじいさんを迎えにきた。誰が付きそう?と言うとまた親戚一同おまえだな…とわたしを指さして言われた。

 

2着目1000円という変なスーツ屋の企画で、破格の価格にて購入した喪服に身を包み、じいさんと共に葬祭会館へ。相変わらず葬儀屋さんは丁寧な運転だった。

 

お通夜はありがちな展開。本当にありがちなので、省略。仕出し屋さんの料理がおいしかったくらい。酒がまたすすむ。

 

この日は明日、出棺の時間が早いのでわたしと親父とばあさんと親戚とで葬祭会館に泊まる事に。

 

葬祭会館に泊まった事なんかもちろん今まで無かったのだが、はっきり言って下手な旅館より立派な宿泊施設である。そりゃ葬儀屋さんにもよるだろうし大体の場所で雑魚寝みたいだけど。

 

ここの葬儀会館は風呂も冷蔵庫もあげくにPCもありインターネットなんかも見れたり。いやぁ住みたいわ広いし、なんて酔っぱらいながら備え付けのPCでサイト巡りをしながら思ってみたり。

 

12時辺り。皆寝静まり一人ちびちびと焼酎を飲みつつ一つ疑問が。

 

そういや泊まる予定だった妹なんかは怖がって帰っちゃったよなぁ。場所が場所だけに。やっぱオカルトな存在がでるのかしらこういう所は?

 

なんて思った次の行動はもちろん夜の葬祭会館を探索。じいさんの遺影に線香をあげたりしたり。ちなみに12時間持つ蚊取り線香の立体版みたいなのがあるから今日は線香番はいいですよ~と葬儀屋に言われてるのにあえて火をつけてみたり。トイレの大に籠もってみたり。とにかくうろうろしてみた。

 

が、未確認なオカルト的人物に出会う事はなかった。よくよく考えたら、故人は死んでからここに搬送される訳で…未練もないのに葬祭会館にはこないわな、オカルトさん。さてさて、次の日も早いから寝よう。後は火葬と告別式かぁ。とあっさり就寝。

 

四日目の予定。

 

火葬→告別式→法要

 

朝起きて、会館の用意した朝ご飯の後、出棺のお経。なんまいだ~が終わり棺桶に集まる親族達。

 

まじまじとじいさんをみる。やっぱ痩せたなぁなんて思いながらお小遣い銭やら花やらじいさんが愛用していた釣り竿やらじいさんが愛読していた日刊スポーツやらおかしやら棺桶に突っ込む。ちなみにあたしはあの世でもテレビが見れるようにと思いフラット液晶テレビ(アナログ)をさりげなく用意していたのだが、葬儀屋に止められてしまった。残念残念。

 

出棺。やはりというか、霊柩車に乗り込む。クラクションのぱぁぁぁぁぁぁっという音と共に発進。火葬場へ。

 

およ一族が着いた火葬場は不思議な作りだった。

 

正面玄関から見て、左右に広く奥行きがない。まるでトライエースの作るゲームのダンジョンみたいな作り。

 

霊柩車到着。と共に親族を乗せたバスも到着。早速じいさんを…

 

偏見だが、火葬ってターミネーター2の最後、溶鉱炉みたいなのに入れてアイルビーバック的に一気に焼くのかなぁと思っていた。そんなアホな考えを払拭するような、でかいオーブンみたいな施設の前でじいさんの搬送は止まった。棺桶を動かす機械は、言うなればフォークリフトを専用にカスタムした形だった。事前にオーブンの手前にある個室でお坊さんがお祈りを済ませると、フォークリフトはオーブンに棺桶を突っ込み目を閉じてまたお祈り。目を開けるとオーブンの蓋は閉まっていた。

 

二時間くらいかけてゆっくり焼くらしい。その間、待合い所へ。そして早速飲み会を開始する我が親族。他にも沢山火葬待ちの人達はいたが、さすがに宴会をしていたのはうちだけだったなぁ…。

 

火葬終了。じいさんと対面。

 

見た瞬間「上手に焼けましたぁ!」とモンハンでお決まりのあれが不謹慎にも頭に流れる。でもまぁすっかり骨だなぁ。

 

箸で摘んで遺骨を入れる骨壺へ。愛用の眼鏡も入れたのだが、フレームが残っていた。それもあの世できちんとモノが見えるようにそのまま骨壺へ。

 

遺骨を抱え葬儀会場へ葬儀屋さんの用意した車で移動。祭壇にじいさんを供える。供えるは的確じゃないか。でもなんと言っていいのかよく解らない。

そうしている間に告別式開始。なんやかんやでじいさんの生前関係者や親父の会社関係やわたしの会社関係まで集まり100人以上の人が。電話効果が感じられた。

 

告別式の話はありきたりなのでまた省略。ただ坊さんが告別式だけサイコガンダム並みの重装備だった。その他はジムくらいの軽装備だったのに。

 

その後、法要もそつなく終わる。一応儀式は終わった。大口は叩いても酔っ払いのあまり役に立った訳ではないわたし。

 

じいさん安らかにな~と思いながら、アパートに着く。ふと体が重い事に気づき不安になり、体重計に乗ると、

 

 

4日で3キロパワーアップ

 

そうかぁ酒かぁ。どんだけ飲んだのだろう…少し自粛しよう。なんて思いながらその後も毎日晩酌してたり。タバコはやめれても酒はやめれぬ。その後は、まぁ普段通りの生活をする。

 

その後、じいさんの四十九日。また親戚と顔を合わせる。とは言っても本当に死んでからきっちり四十九日経った訳ではなく、休日に前倒しで行った。今回初めて知ったのだが、法事っていうのは予定日より早いのはいいけど遅いのはだめらしい。

 

休日に、勤務時間に間に合うくらい早起きしたのはいつ以来だろうか。天気は晴れ、絶好の拝み日より?であった。

 

適当に喪服に着替え、のそのそと寺に足を運ぶと、開始30分前だというのに参加者は全員顔を揃えていた。

 

境内というのは不思議な空間である。お祭りなんかじゃ寺の中まで入ったりはしないからなぁ。だだっ広い畳の部屋に誰々様からの贈与なんて書かれた立派な彫り物があったりする。お寺ってお布施で成り立ってるんだよなぁそういや。なんてつまらない事を考えながらだらだらと茶をすすっていたら、本堂に呼ばれた。

 

本堂…これまたお祭りや初詣なんかで賽銭箱までは行くけどその奥に入ったのはいつ以来だろう…派手な仏壇に装飾。独特な空間である。

 

てっきり正座で拝むのかと思いきや、ちゃんと椅子が用意されてあり親戚一同着席。お経、焼香を淡々と済ませる。

 

一連のお祈りが終わり、亡きじいさんの遺骨は納骨室へ。本堂の強そうな仏像の裏にそれはあった。

 

失礼します、と納骨室に入る。

 

 

…なんと例えたらいいのだろうか。納骨室なんだから当たり前なんだけど、沢山の骨壺とお菓子なんかのお供え物がずらーっと並んでいる光景…言い方を変えたらご遺体がずらーっと並んでいるわけで、小さな天窓しかないこの空間も相成って独特の空気を漂わせていた。昼だからいいけど夜は…この思い空気に押しつぶされて、ちょっとちびるかもしれないな。

 

さて、納骨も終わりこれから大事な打ち合わせがあるのだった。住職に案内され会った人とは…

 

ばあさんがじいさんの死んだ当日言っていた様にこの時まだ墓が無かったので、お墓を建てる打ち合わせを墓石屋さんとすることに。

 

墓を建てる区画は事前に、とは言ってももう30年くらい前に買っていたらしいじいさんとばあさん。だけど、墓?めんどくせぇから後でを繰り返しているうちに本人が鬼籍に入ってしまったという体たらく…面倒事は後回しにする一族である。

 

しっかしじいさんは長男じゃないんだから墓が必要になるのは解りきっているのに、30年も先延ばしにするじいさんとばあさんって…この一連の流れから、なんか話が決まらなくなりそうなので、打ち合わせからばあさんははずした。

 

寺の応接に通されると墓石屋さんはすでに座って待っていた。挨拶もそこそこに早速墓を選ぶ作業に入る。

 

カタログを眺めてびっくり…墓ってイメージだと黒々としたガリガリ君コーラ味みたいなのしかないのかと思いきや、今時っていろんな色、形が揃っているんだなぁ。

 

その中で一際目を引いたのが、メルヘンと名付けられたお城型の墓に、ピンクの墓石。辛気くさい墓場に潤いを与えてくれること間違いなしのこのデザインをわたしは推してみた。当然の如く一族の拒否に合い挫折。

 

とりあえず外に出て人のお墓を見ながら決めましょうか、なんて墓石屋が言うのでずらずらと墓を見に行く我が一族。現物を見るのが一番イメージしやすいもんね。

 

寺内で打ち合わせしていたので外に出たらすぐ墓があった。見て歩く。

 

お墓の7割はガリガリ君コーラ味の形、すなわちスタンダードな長方形の縦長なお墓で、残りの3割は本当にバラバラ。ピンクな墓もあったし、岡本太郎さん作ですか?ってな感じで芸術が爆発しそうな彫刻の施されたお墓もあったし。

 

ふと、親父を見ると、

 

「もうさ~腹減ったし飽きてきたからさっさとおよが決めろや~」

 

と、ややキレ気味に言われる。腹が減ると機嫌が悪くなるのは昔からだけど…また大事な事を丸投げされた。んじゃピンクの城で、と言ったらそれ以外でなんて言いやがる。わがままな親父だ。

 

考えてみる。個人的にメルヘンなデザインのがいい。おそらくいずれわたしも今回建てるお墓に入るんだろうけど、どうせ死んだ後だろうし、自分の入る墓のデザインに拘りはない。だけど誰かお参りに来てくれる人が周りと違うデザインで、ちょっと解りやすければ、お参りするのに便利だよなぁ。

 

そう思ったので緑色で横長で、ちょっとだけ変わった形の墓をほぼ独断でセレクトした。で、後は一族ですし勘なんて割と高めの回転寿司屋に行ってご飯をして、解散した。これにてじいさんを送る会は解散となる。

 

こうして、初めて人が亡くなってからの一連の流れを経験したのだが、この出来事を経験してわたしが思ったことを統括すると、

 

わたしが死んだら、いきなり火葬して納骨で終わり

 

で、十分だなと思った。葬式からなにからって手間もお金もかかるからそんなの省いてもらっていいし、たまぁに何かのきっかけで誰かに思い出してもらえたらいいかなぁくらいで。

 

命ってのは悲しいもんで誰にでもいずれは終わりがきます。知恵が生半可についちゃった人類は死を恐れたりする。その恐怖を緩和するために色々なモノに頼ったり縋ったり。でも遅かれ早かれ終わる命。死んだ後大々的な葬式なんか本人にゃ必要ないし、大事manブラザーズバンドの言うとおり生きてるうちに楽しけりゃ死んだ後はちゃっちゃと終わらせてもらいたいなぁ、なんて考えさせられました。

 

明日急に終わりを迎えることになっても心残りなんか残さない様に、青春パンクの歌詞みたいな道のりで生きたいなぁ、なんて。この後もお墓が完成した後にじいさんの納骨をしたり、三回忌、七回忌でお寺に集まったり、春彼岸・お盆・秋彼岸にはお墓を掃除しに行ったりしてます。お葬式後も結構な頻度で寺に行くんですけど、こういうのをめんどくさがったり亡くなった後に家族に手間やお金をかけさせるのは嫌だと言ってお葬式を上げなかったりお墓を建てない人が増えているんだそうです。

 

そのかわり海に散骨したり、遺骨をペンダントにしたり、お墓の代替品として骨を埋めた上に木を植えたり、ロケットに納骨して宇宙に撒いたりと死後の選択肢も多様化してきました。自由度ってのは生きている時は大事ですが、個人的にはやっぱり自分が亡くなった後の事にお金はかけなくていいかなって思います。そんなわけで大人しくおよ家の墓にわたしは入りますわ笑。

 

こんな感じでじいさんの葬式クエストは至らない点ばかりだったけども無事に終わることができました。ほんと、葬式はお酒の飲み過ぎに注意です笑。

 

 

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葬式クエスト じいさんの場合” に対して1件のコメントがあります。

  1. ピンバック: ローバーミニ | ozfare

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