姉御店長と甘美な夜
たけさんがわたしの上席を務める会社って、本部と言うか大本は結構色んな事をしていたんです。その中の1つに花屋があったのですが今日はそんな花屋の人の話。
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まだわたしが20代前半の頃のお話。
昔の会社グループの花屋は何店舗かあってそのうちの一つの店舗の店長、姉御店長は昔のわたしの先輩にあたる。わたしより5つくらい上で、性格は、クールの一言に尽きる。怒る時も静かに怒り、決して変に騒いだりしない。感情も表に出さない。弱みを見られる気がすると、男はおろか女の人も自分の部屋に入れないちょっと変わった雰囲気の人。
しかし、わたしにゃ入れない立派な学校を卒業していてえらい頭の切れる人で、とんでもなく仕事はできる。花屋に勤めるタイプではないと思っていたけど、なんでも学生の頃バイトをしていてそのまま就職をしたらしい。
結局この人に勝てた事は中学校レベルの数学問題とノリでやったゲームセンターのマリオカートだけという情けないわたし…そんな姉御店長と初めてお会いしたのは、学生時代に飲み歩いていた飲み屋街で、2,3度会話をした事があったけど、就職して初めて姉御店長と同じ会社に入ったんだと気づいたのである。就職するまでは深い付き合いがあった訳じゃないし、どんな性格なのかもよく知らなかった。
わたしの入った会社、グループで同期が5人くらいいたのですが、まぁ折角なんで歓迎会なんかやろうって事になったんです。って歓迎される方が歓迎会をやろうってのはおかしな話ですがね。
その時ですね、姉御店長の恐怖を垣間見たというか…歓迎会は夜の7時くらいに始まって、9時には終わったんです。で、2次会でも行くかぁなんて姉御店長が言い出して、まぁ最初は10人くらいはいたんですがね、3次会、4次会と進むに連れ一人、また一人とドロップアウトしていったんです。で、夜中の一時頃、とうとう姉御店長と二人っきりになってしまったんです。5次会で…
そうなってくると、まぁ淡々と飲みの席のくだらない世間話なんかしつつも、心のどこかでこいつにゃ酒で負けたくねぇって思っちゃうじゃないですか?どうやら姉御店長の方もそんな感じらしく、「およくん、ウィスキーロックでいい?」なんて強烈なオーダーをしだしたんですよ。もちろん自分の分も頼んでカポカポ飲んでいる姉御店長。
そうやって更に2軒追加して7次会まで行った時、時刻はすでに朝の5時。東京みたいに24時間営業の飲み屋なんてその当時仙台には無かったから、ほぼ全部の飲み屋が閉まる時間となっていました。
内心、この地点でわたしはもう限界を突破していたのですがね、姉御店長に負けたくない一心で平然を装って、
「どうします?もう朝の5時だからお店閉まっちゃいましたね。まだいけますけど」
なんて言ったら姉御店長のハートに火が付いちゃったのか、
「わかった。8軒目行こう」
なんて言うんですよ。でももう時間も時間だしどうせ空いてないだろうなぁ眠いから帰りてぇなぁなんて思いながらとぼとぼと歩く姉御店長の後ろをついていった先には…
24時間営業の、サイゼリヤ…
で、8次会開始ですよ。多分始発の電車待ちをしている廃人のような若者達を後目に、がんがんワインのボトルを入れる二人…結局朝の8時までにボトルを何本も空けて、姉御店長の「そろそろ眠いから帰る」の一言でお開きになったんですよ。はい。
一応レディーファーストって事で、姉御店長をタクシーに乗せ、また平然を装いタクシーに手を振り、タクシーが見えなくなった所で…
ぶっ倒れました。
人は飲みすぎるとどうなるのか。簡単です。倒れます。とにかくこんなに飲み続けたのははじめての経験だったので、それはもう大変な感じになったので酔っ払っていたのに今でも覚えています…余談になりますがわたしは酔っ払うまでは早いけどその後が長くて、友だちと飲み会だったりすると12時を過ぎたら大体寝てたんですが、さすがに会社の人と一緒では寝れないと言うか緊張していたのでしょうね。
それで、その朝まで飲み続けた件で、どうも姉御店長に気に入られたらしく、その後ちょくちょく飲みに誘われましてね。正直毎回そんな飲み方しなきゃいけなかったんで嫌だったんですが、まぁ一応会社の先輩ですから下手に断れない訳ですよ。もう姉御店長と飲んだ後はよくぶっ倒れてましたね。なんせ基本、朝までコースですから。
思えば、確かにわたしも酔っ払ってからが人よりは長いので酒飲みだと思いますがね、姉御店長くらいお酒が飲める人って、飲みに付き合える相手もほとんどいないと思うんです。で、都合のいいモルモットが新入社員のわたしだったと。で、他の会社の人たちも、あの二人に付き合って飲むと死ぬってのが常識になってしまったらしく、会社の飲み会の後でもすぐに姉御店長と二人になるようになってしまったのです。
ちなみに姉御店長は酔っ払いすぎると記憶を無くすようで、それが解ったのが酔っ払っている時に「およくん、私のことを今後はちゃん付けで呼びなさい!」って言われたから、それを真に受けて翌々日あたりに花屋であったからちゃん付けでお呼びしたら、ものすごく怪訝な顔をされたので、あぁこれは覚えてないんだなと悟ったわけです。まぁ呼ぶ方も呼ぶ方だけど。
で、そんな命の削り合いみたいなお酒の飲み合いをいるうちに、入社した時は春だったのが、あっという間に季節は秋になってました。その日も会社のなにかの飲み会で、最初は他の人がいた気がしますが、やっぱり姉御店長と二人で気が付いたら飲んでいたという。
三件目、静かなショットバー。遅くまでやっているので、よく姉御店長と行っていた店での出来事。その日も適当に飲みながら、姉御店長のよくわからない質問に答えていた。
姉御店長は酔っぱらうとなんでわたしに聞くんだろう?って質問をしてくるようになっていた。この時は、お金を沢山印刷したら世の中不況じゃなくなるんじゃないの?とか聞かれたから、そんな事無闇にしたら円の価値が下がって物価が上がっちゃうでしょ、とか答えていました。当然金融業に携わる前でしたが流石にそのくらいはわかるよ笑
そんなやりとりをしながら、ボトルで入れたワインをカポカポ飲んでいたら、あっという間に12時を過ぎていた。すると、他のテーブルから「かんぱーい!」なんて聞こえてくるではないですか。なんかおめでたい事でもあったのかなぁとか思ってテーブルを覗くと、どうやらワインを開けていた様子。
うーん、別にその人たち、何の祝いって訳でもなさそうだし、寧ろワインに乾杯している気が…ってここで気づきました。姉御店長と飲み始めた日は第3週の水曜日。で、日付が変わって今は第3週の木曜日。あれです、毎年なんとなくニュースになるボジョレーヌーヴォの解禁日だったのです。
ボジョレーヌーヴォーとは、フランス・ブルゴーニュ地方のボジョレー地区で造られる赤ワインで、通常のワインとは異なり、その年に収穫されたブドウをごく短期間で造る「新酒」にあたるワインです。収穫祭の意味合いがあって、よくその年に仕込んだワインの出来を示唆するなんて言われてますよね。
それで、あぁだからこんな時間に乾杯なんてしてたのか。んじゃ姉御店長、うちらも流行に便乗してボジョレーでも飲みますか?なんて聞いたら、
いや、いい。
と言って、自分のワイングラスに口をつけていた。…そう言えば、毎年ボジョレーは家で一人で開けて楽しむ。と以前言ってたっけな…なんでも姉御店長は昔っから家族でボジョレーの解禁を楽しんでいたらしく、その名残で一人暮らしを始めた今でもボジョレーだけは一人で楽しむんだ、ほんとくだらない事だけどね、って言っていたなぁ。なるほど、だから、ボジョレーはいいって言ったのか、と。
…
…そこでですね、何というか、悪戯心に火がついたというか、まぁわたしはお茶目なのでふと思い立ったのです。姉御店長がトイレに立った隙に、ささっと店員さんにボジョレーをグラスでオーダー。半分くらいワインが入っていた姉御店長のグラスとすり替えてみたんです。
姉御店長がトイレから戻る。ワインはボトルであったので、あ、ついでおきましたから、なんて言ったらありがとう、と姉御店長。そこからまた普通に雑談をして、姉御店長がグラスのボジョレーを飲み終わった時に、こう質問してみたんです。
所で、今年のボジョレーはどんな味なんですかね?って。
姉御店長は、さぁ、飲んでみなきゃ解らないわよ、って答えたので、
えっ、だって今姉御店長が飲んでたの、今年のボジョレーですよ。って言ったら、なんかキョトンとしてしまった姉御店長。そして…
がぁぁぁぁあああああああああ!!
姉御店長、突然の大絶叫笑
お前何してんのマジでコラッ!!!!!
と、普段の感じとは真逆の、その辺のコンビニでたむろしているヤンキーと変わらない口調でわたしを攻める姉御店長!そんなに、そんなにボジョレーイベントが大切だったのか姉御店長!てか、普段クールなのにこんなに怒るんだ姉御店長!てか、怖い、すごく怖い、店の人も何事かとガン見してくるし笑
結局、姉御店長も酔っぱらっていたんでしょうがね、その変貌っぷりにただただ謝るわたし。その後泣きを入れまくって、わたしのおごりでボジョレーのフルボトルを何本も開けて、朝に解散。あれだ、クールな人にはやっぱりいたずらしちゃダメですね笑
で、第三週の木曜日なんて当時カレンダーの赤い日が休みのわたしにとって普通の平日ですからね。休みがシフト制でこの日は休みな姉御店長を見送った後、そのままタクシーに乗り込み会社に行って仕事してましたからね、わたし…車なんか当然運転できなかったよ。
その後、花屋で姉御店長にお会いしたのでこないだは(ボジョレーの事)ごめんなさいって謝ったら、
え、何?
って言われたので恐らく酔っ払って覚えてなかったんでしょうね。セーフ笑
ということで、あれですね、たとえ覚えていなそうでも、酔っ払っていても、いたずらはしちゃダメだなって思ったお話でした。あんなに姉御店長に切れられたのは後にも先にもそれだけですし笑
そんなわけで、毎年秋になると思い出すいたずら話でした。まぁ姉御店長とは相当飲み歩いたのでそれだけ事件があったような、無かったような気がしますが、それはまたの機会で笑