ポトスの切れ端

 

部屋に緑のものが何もなかったのでフェイクグリーン(造花)ではありますがポトスを買ってきました。ワンポイントでさらっと壁に垂らしているだけでもなにかこうちょっと雰囲気が変わった気がします。

そんなポトスを眺めているとふと思い出す事があるんですよね。今日はそんなお話。

 

 

まだたけさんがわたしの上席を務める20代の頃の話。「その人」は、今では全くお付き合いのない会社の、従業員入口のそばにある本がある…いや、言い換えれば「本とテーブルと椅子しか無い」部屋の中にいた。

普通の会社って、お客様が入る正面入口の他に、裏に従業員用の入口があったりするのですが、事務所内に作業でお伺いする仕事の特性上、他所様の会社は裏口から入室する事が多かったです。そして、これはわたしが室内園芸装飾のお仕事を初めた頃のことでした。

室内園芸装飾とは読んで字のごとく室内を園芸で装飾するお仕事で、デパートの入口にあるディスプレイとか、お店の一角にワンポイントで緑の飾りをするとか、とにかく緑に関する営業・企画を行います。ごく一般的な普通のオフィスでも福利厚生の一環で結構ご利用いただいてましたね。

それで、初めてそこの会社を訪れたのは…確か前任の人が勢いよくやめてしまい、わたしは大した引き継ぎもなくこの会社にお仕事でお伺いしなきゃ行けなかったの行ったって感じです。仕事の内容自体はそんな大掛かりな感じでは無かったのでまぁ行けば何とかなるだろう、そんな楽観視しながら訪問。それで正面に回りインターフォンで挨拶をすると、裏口の方に回って下さいと言われてそのまま裏口に。

裏口から出てきたのは、わたしとさほど年齢の変わらなそうなお姉さんだった。すいません、前任がぱったりやめちゃったの、これから担当になるおよです、とご挨拶。あらそれは大変ですねぇとお姉さんに言われ、ざっくりと前任がしていた仕事内容を親切に説明して下さり、なるほど解りました。と言いながらサクサク仕事を終えてお姉さんに受領書にサインを貰い挨拶をして会社を後にしようとした時に、ふと気づく。

…窓もない、パーテーションと呼ばれる簡易な壁に囲まれたスペース、その中に小さな本棚と本が少し。その、恐らく3畳もないの小さな空間の真ん中に小さめのテーブルと椅子が1つ。そして、その椅子にはおじさまが…しかも、パッと見ただけでもただ者ではないと解るおじさま。

髪はびしっとポマードかなんかでセットして、なかなか高そうなスーツを身にまとい、高そうな金縁メガネをかけて、安っぽい椅子に足を組みながら腰掛けて無表情で本を読んでいる…雰囲気で言えば北野武監督のヤクザ映画だったら親分役をやるだろうなぁって感じの貫禄のあるとにかくやたらダンディーなおじさまが、会社の奥底にあるテレビもパソコンもない座敷牢のような場所で、もくもくと本を読んでいるというなんとも言えぬ光景を目の当たりにする。

まぁ、本棚もあるしこの小さなスペースは従業員が本を読むスペースなのかなぁと、その日は深く考える事もなくその会社を後にしました。

…その後、わたしはこの会社の正式な担当となりちょくちょくお伺いする事になる。裏口から入り、事務所内で作業をし、裏口から帰る。その、inとoutの度に、おじさまが目に付く…と、言うか裏口から入ると嫌でも目に付くような作りの、おじさまのポジション。従業員入口(裏口)と事務所の通りにあればそりゃ誰でも目に付きますよね。

それでいて、見ればいつもその狭いスペース内で足を組みながら本を読んでいるおじさま。何回かこの会社に通い、毎回おじさまが本を読んでいる姿を見ている内に、ああ、この人って一時期話題になった「窓際族」より酷い扱いを会社から受けているんだろうなぁ、と容易に想像ができた。なんせ窓際族には窓があるけどおじさまには窓がないですからね…

おじさまは目が合えば軽い会釈程度の挨拶はするけどさほどわたしには興味がないのか基本目線は合わない。わたしがきてもただただ本を眺めているだけである。おそらく通路の方を見ていると何人にも目があってしまうからだろう。

従業員が出入りする度にさらし者になるような席の配置で、さらにわたしが作業している間におじさまと話していたこの会社の従業員の人はいない…いや、そういや窓口になってくれているお姉さんは挨拶くらいはしていたか。そりゃ人様の会社だし余計な探索をする気は無いけど、ここまでするには何かあるんだろうな…

 

もう少し大人になってから気づいたのですが、これがいわゆる追い出し部屋ってやつで、追い出し部屋とは、企業や団体の職場において、従業員・職員を「自己都合退職」(または懲戒解雇)に追い込み、「会社都合」で退職させないため配属させる部署。現状の会社法では従業員・職員をやたらと解雇には出来ないからこのような事をしている企業があるのでしょうが…

 

 

時は経っておよそ1年後、その後もちまちまとこの会社にお仕事で訪れるわたし。その度におじさまはびしっとしたスーツを着こなして、足を組み静かに本を読んでいる…恐ろしく代わり映えがしないので、ふと蝋人形か…と思ったりもしたが、たまに足の組み方が違ったりしたのでそれは無いようだ。して、ある時そんなおじさまに変化が訪れる。

それは、いつもおじさまが座っているテーブルの上に、牛乳瓶のような透明な器が…その中には水と、どこから手に入れたのか、結構そこかしこで見かけるサトイモ科の植物ポトスが入っていた。緑色に白斑入りの葉が特徴のツル性の植物で、丈夫だからか水に浸けているだけで根が伸びよく成長する、事務のおばちゃんなんかが台所で育てて楽しんだりする観葉植物だ。おそらくおじさまはわたしが剪定作業の後に落としたポトスの切れ端を拾ったのであろう。

おーおじさまもそんな趣味があるのかなぁと、まじまじとそのポトスを見てみると、白いホコリのようなモノが葉っぱにかかっていた。

…いわゆる虫が付いた状態だった訳です。と言ってもポトスに付いていたのはカイガラムシだったので飛んだ跳ねたって被害はありませんが、カイガラムシは植物にくっついて樹液を吸って枯らしちゃう一見すると白いホコリのように見える虫。

だけどカイガラムシはそんなに生命力は強くないので、じっくりと植物を洗ってあげれば薬とか使う必要もないんだけどな…なんて思いながらじっとポトスを見ていると、あまりにも見すぎたからか、おじさまがわたしの視線に気づき、ん?と言った表情でこちらを見てきまして。

…まぁ、ここで目をそらして帰るようではあまりにも大人としてどうかと思ったので、そのテーブルの上にあるポトス、カイガラムシが付いてますよって、このときわたしはこの会社に訪問をするようになってから初めてまともに挨拶以外で話しかけた訳です。

 

思い返せば、わたしはおじさまの事を毎度毎度この会社に訪問する度に見かけてはいたのですが、ほとんど挨拶をした事が無かった。おじさまは黙って本を読んでいるので目線を合わせてくれないから…いや、訪問し始めた初期の頃、おじさまに挨拶をした事があったのだけど、気づかれずスルーされた事があったからか…だけど、このポトスの件以来ちょっとおじさまに変化が現れる。

会社を訪問した時に、わたしによく気づくようになった。気づくと、本を読みながらも静かに片手をあげて「やぁ」と言ったような挨拶をしてくれる。まぁそれだけなんですが、花や植物について何か気になる事があると「ちょっと」とお仕事が終わった際にわたしに声をかけるようになりまして。わたしは植物はそこそこ知っているけど花は知りませんでしたが…会話もがっつりとした会話ではなく、用件だけをシンプルにって感じでして。

 

で、おじさまと会話するようになってから数ヶ月、ある時この会社でのお仕事が終わってから、おじさまに呼び止められた。ん、どうしました?なんて聞くと、

 

「世話になったね」

 

何て言うおじさま。?と思いながらもいえいえと返すわたし。どうやら、おじさまは(たぶん)定年で会社を辞める事になるので、次にわたしが来た時にはもういないだろうから挨拶をした、との事だった。はっきりと定年でとは言っていなかったがここで居座っていたおじさまがやめるならこの理由しか無いだろう。

わざわざご丁寧にありがとうございますと言いつつも、わたしはもうおじさまと会う事もないんだったらちょっと聞いてみようかなと、普通の人ならまずすることがない質問をしてみたのです。思えばこのときわたしは若かった…いや、今でもしてしまうかも知れないけど笑

 

「所で、どうしていつもここで本を読んでいたんですか?」

 

嫌味っぽくならないように、あくまでバカっぽくふるまって聞いてみまして。…うーん、と、なんて説明すればいいのか解らないと言った表情をするおじさま。そして、こう短く一言。

「ちょっと失敗してねぇ」

あ、すいません言いづらい事聞いてしまって…と、謝り、また何処かでお会いできればいいですねぇ、とおじさまに挨拶をして、会社を後にしたわたし。何となくの想像通りの様でして。

見た目の雰囲気から察するにもともとおじさまは優秀だったので「失敗」があっても会社を首にはできなかったんでしょうな、だけど「失敗」はしているから外には出さず「座敷牢」送りなんですかね。

 

そう疑問に思っていたのはどうもわたしだけじゃないと解ったのは、次にこの会社に訪れた時。裏口近くで、わたしと会社の窓口をしてくれていたお姉さんに作業完了後受領書にサインをもらいつつ、わたしがおじさまがいなくなったのにパーテーションと本棚とテーブルと机はそのままなんだろうって顔でその空間をじっと見ていた時でした。

 

「やっぱり、おかしいですよねぇ」

 

お姉さんが、ぽつりとそう言った。そう言えばこの会社でおじさまと会話していたのを見たのは結局このお姉さんだけだったな…と思いつつ、うーん…と言うわたし。お姉さんはおじさまとわたしが会話していたのを知っていたから、こう切り出してきたのだろうか。

「私が入った時から、もうおじさまはああいう状態だったんですよね、ここの会社の人は誰もおじさまと話しようとしないし…それ以外はみんな普通なんだけどなぁ…」

そうなんですか…としか言えないわたし。そりゃ人様の会社の事ですからね、おじさまがどんな失敗をしたのかも知りませんし。およさん、こういう会社って他にもありますかね?なんてお姉さんが聞いてきたので、わたしの知っている限りは無いですねぇ、なんて返す。

「私ももうすぐ契約が切れるので、やめちゃうんですけどね。それにしてもよく○さん(おじさま)耐えましたよねぇ、トイレ以外外出禁止だったらしいですし…私だったら、無理ですよ。とてもいれない」

そうですねぇ、でも事情があるのでしょうからね、わたしの口からはそれしか言えませんよ。なんてお姉さんと会話をして後にする。その後、お姉さんの退社と同時に奇遇にも予算の都合が合わないという事でこの会社との取引が終了した。ちなみにおじさまのいなくなった座敷牢はそのままだったけど、瓶入りポトスはしっかりと無くなっていました。

 

 

何というか…座敷牢でじっと耐えきったおじさまは、年齢的な事で職を探すのが困難って事もあるでしょうがよく定年までいたよなと思う反面、それで人生いいんですかねとも考える訳でして。

この会社の従業員さんは、いい年扱いて何やってるんだよと思う反面、おじさまの事はばっさりクビにした方がおじさまを含めた全体の為なのでは無いのか、みんなシカトしてたらそりゃ話しかけられないでしょうし、とか思ったり。当時は色んな事を考えましたね。もちろん答えのないお話ですけどね。

そりゃある程度大きい会社ってのは他人が多く集まる組織ですからこういう事もあるでしょうけどね。追い出し部屋なんて言葉があるくらいだからこの会社に限らずきっと他の会社でも同じようなことがあるのだろうし。もし、自分が就職した会社がこんな事をするような会社気質だったら、自分ではなく誰かがやられているのを見てもすぐやめるだろうなぁ…なんて思った出来事のお話でした。

ただ、ある程度大人になってからは追い出し部屋と言う名の座敷牢に入れられてもきっと給料は出るんだろうし、入っている本人がそれでいいと思うならアリなんだろうなぁと思うようになりましたね。こんな例の流行り病で不況になりそうな時代ですから、人によっては組織に入れるだけでも幸せだったりするでしょう。

 

そう言えば昔観葉植物の生産者の方にお聞きしたのですが、ポトスって面白い習性があって、ツル性の食物だからすごい伸びるのですが、下に垂らすように育成すると葉がどんどん小さく、ヘゴなどにくくりつけて上に上にと登るように育成すると葉がどんどん大きくなっていくそうです。

ポトスは「観葉」植物だから葉が大きくても小さくてもどちらでも可愛いですけど、わたしは人も会社も下に垂らしてどんどん尻窄み的に小さくなっていくのは避けたいなぁと考えさせられたお話でしたとさ。まぁうちの場合まずポトスを見つけてくるところからなんだけども笑

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